▲大石善隆著/岩波書店より2015年3月25日発行。
ここ最近、プライベートが小忙しくて、
ゆっくり本を読むのもままならなかったのだが・・・。
やっと読めました、“前代未聞のコケの入門書”と
コケ業界でもウワサの『苔三昧』。
コケに興味がある人なら誰しも気になるコケスポットの一つが「苔庭」。
でもなんとなく自分にとってちょっと敷居の高い存在であった。
というのも、そこは「庭」なわけだから、どなたさまかの管理下にある場所である。
そしてどちらかといえば、静かに景観を眺めるよりも一つ一つのコケにルーペをかざして
その姿かたちを詳細に見るほうにより興味をひかれるコケ好きの立場からすれば、
自然のフィールドに比べて苔庭は自由度が低い。
しかも苔庭を有しているのはだいたいが社寺仏閣。
そんな場所でうずくまってルーペでコケを見たり、カメラでコケを激写しまくったり、
ましてや「はー。かわいいわぁ」「キミは素敵だねぇ」なんて独り言をぶつぶつ(←本人は真面目にコケに話しかけているつもり)、
なんていうのは、おこがましくてなおさら気が引ける。
ましてや「何ゴケかな?」なんて、気軽につまみとることもできないし・・・。
じつは今までしばしば鎌倉や京都へ苔庭を見に行ってはいたものの
正直なところ、いつもこっそりひとめを避けて、
コケに触る(もちろんつまみとってはおりませんヨ!)のさえ緊張しながら、
おそるおそるコケと触れ合っていたのである。
でもきっと、私のようなコケ好きさんは他にも大勢いらっしゃるのではないだろうか。
そんな苔庭とコケ好きの間にそびえたつ見えない壁に、
風穴を明けてくれるのがこの『苔三昧』なのである。
そういった意味で、この本は確かに前代未聞、画期的かもしれない。
本書は、苔庭のコケをじっくり見たい人のための内容で、
苔庭のコケの生態、主なコケの種類、庭の歴史・文化など多角的に掘り下げて書かれている。
従来の苔庭を語る本は、「日本庭園」について読者がすでにある程度の知識があることを前提に書かれたものが多かったが、
本書は苔庭の「基本のき」から優しく説いてくれており、コケや庭の知識がまったくない人にとっても非常に読みやすい。
著者は、コケ研究者の大石善隆さん(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター研究員)。
大石さんは西芳寺(別名:苔寺)をはじめとする京都の苔庭の調査・研究の実績もある方で、
2013年にNHKが一年かけて西芳寺の苔庭を取材した特別番組にも出演されていることは、
コケ好きさんの間では知られるところである。
大石さんは執筆するにあたって全国各地の苔庭を巡り、本書には厳選した70か所(!!)を掲載。
北海道や沖縄など掲載がない県もあるが、北は秋田県から南は熊本県まで、必ず自分が住んでいる近隣の県は載っているので、
「苔庭といえばどうせ京都でしょ・・・」と決めてかかっていた人にとっては必ずや嬉しい発見があるだろう。
しかも、各庭に生えているコケの種名も記載されている(そしてそれがどんなコケなのかを説明したコケ図鑑もアリ)ので、
先の「苔庭のコケだからつまみとれないし、はっきりした種名がわからない・・・」というモヤモヤも解消。
まさにかゆいところに手が届いた一冊なのだ。
ちなみに内容とは離れるが、さらなる読みどころとしては、大石さんの文章にもご注目。
そのお人柄がにじみ出ているような文章なので、ぜひそこも味わっていただきたい。
先日ちょっとした用事があってメールのやり取りをしたところ、
「なんだか売れなさそうな本で・・・」と出版早々弱気な大石さん。
これだけ立派な本を書き上げておきながら、なんてことをおっしゃるか!
書き出しはそんな謙虚な大石さんのお人柄が出ているかのような、ちょっと緊張気味の文章。
しかし中盤の「全国の苔庭ガイド」を過ぎたあたりからは筆が乗ってきたのか、
まるで読者の隣に寄り添って話してくれているかのようなノリノリの書きぶりで、
本人がコケの世界に入り込み、楽しんで書いておられるのがひしひしと伝わってくる。
とくにコケの雄株と雌株の出逢いについて書かれた頁では、
「雄株ばかりのコケをみつけると、『大丈夫。来年はきっとステキな出逢いがあるよ』と温かいエールを送りたくなってしまいます」
との一文。雌に出会えなかった雄ゴケに同情し、親身にいさめ励ますコケ研究者っていったい・・・。
大石さんのハンパないコケ愛ぶりが感じられるとともに、
コケに語りかけるそのお姿を想像して思わず笑ってしまった。
※↑上記はあくまで個人的な感想なので、皆さまも実際に読んでそれぞれに大石さんの文章を感じてみてくださいマセ。
この本を読み終わった後、ふと、数年前にコケのイベントでお世話になったお寺の住職がおっしゃっていた言葉を思い出した。
「お寺って一般の人にとってはちょっと敷居が高い気がしてしまう場所かもしれませんけど、
本来のお寺というのは、誰でも気軽に集まれる場所なんです。
近所の人がおしゃべりしにきたり、子供たちの学びやだったり。ほら、『寺子屋』っていうでしょ。
だから、大した用事がなくても『お庭のお花やコケを見に来ました』っていう理由で寺の門をくぐってもらうのも全然構わないんですよ」
そう、勝手に敷居を高くしていたのは、自分の思い込みだったのかもしれない。
少なくとも、本書に掲載を許可してくれたお寺はコケを見に来てもらうのはウェルカムなのではないだろうか。
これから初夏にかけては一年でひときわコケが美しいシーズン。
近いうちに本書に載っているわが家に最寄りのお寺をぜひ訪れてみたい。
この本を片手にコケを見ていたら、あわよくば住職さんとコケトークができるかもしれないし!
本書の表紙・裏表紙にちりばめられた苔庭写真を眺めているだけで、そんな嬉しい予感さえしてくる。
▲帯が付くとこんなかんじ。本のカバーはトレーシングペーパーのような透かしになっていて、これまたおしゃれなのだ。